素敵なひととき

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森林を焼き払って、その養分を利用して三~四年間作物を育て、養分が枯渇し害虫がはびこってくると、また別の森林に火を放つ。
そして、何十年か放置して再び森林が再生してくると、また焼くのだ。
しかし、増産の圧力とともに耕期が休耕期に食い込んで、畑を休ませる期間が次第に短くなっていく。
焼き畑では、森林が十分に再生しないままに火が入れられる。
この結果、もともと薄い熱帯や乾燥地帯の土壌が有機物や水分を失ってパサパサになり、雨期の豪雨に洗われ、乾期の風に舞い上げられてたちまち流れ出してしまうのだ。
七〇年代初め以降、穀物の国際価格の高騰によって、米国の休耕地は六九年の一七〇〇万ヘクタールから七四年には一三〇〇万ヘクタールに減った。
政府の土壌保全局が繰り返し警告しているように、休耕期の短縮とともに、各地で風による表土の喪失、つまり風食が限度以上に激しくなってきた。
同じ時期、不作続きで食糧不安に見舞われたソ連でも、休耕地が大幅に減らされた。
六〇年代後半から七〇年代前半には、つねに一七〇〇~一八〇〇万ヘクタールが休耕されていたが、七二年の食糧危機後、三分の一に減らされた。
八〇年代に入って、ソ連政府も地力回復のために休耕地を増やす努力をしているが、なかなか戻らないようだ。
休耕の短縮の関係にあるのが、輪作の放棄である。
米国でも、土壌中の有機物を保持して流亡を防ぐ手段として、輪作を行うのは伝統的な土壌保全策であった。
たとえば、世界の飼料を支配する米国中西部では、牧草―放牧―トウモロコシの輪作方式がとられ、この限りでは土壌の流失量は、年間一ヘクタール当たり一一。
ところが、七〇年代初期の世界的食糧パニック以降、穀物の輸出需要が急激に高まるにつれ、中西部、ミシシッピ渓谷、南東部では輪作を放棄して、トウモロコシや大豆の連作に走り出した。
それまでは、ミズーリ州の農地では流失量は六・八トン程度だった。
それが近年のように、トウモロコシだけの連作になったら、流失量は四九ニトンにも激増した。
一〇年間に二・五センチも表土が減少するスピードだ。
同時に窒素肥料が安く手に入ることから緑肥が使われなくなり、土壌悪化に拍車をかけている。
生産が落ちないのは、化学肥料の大量投入によって一時的に幻惑されているだけだ。
さらに伝統的なものでは、アフリカのサバンナ地帯で、アラビアゴムを取るアカシア―セネガルや飼料にするアカシア―アルビダなど有用なマメ科の樹木を組み込んだ輪作もある。
数年耕作をしたあと、休耕してこれらの樹木が自然に生えてくるのに任せる。
それが老齢化してゴムなどが取れなくなると、伐り倒して薪にし、跡地を焼き払って畑にした。
この樹木の期間は十数年から二〇年間に及び、この間に養分や水分が回復した。
だが、薪の不足が深刻化して、有用な木がどんどん伐られ、ミレットやソルガムの穀物の連作になった。
この土地の酷使で各地で深刻な土壌の流失が始まり、砂漠化の進行に拍車をかけている。
土壌侵食と生産性は密接に関係している。
米農務長官は一九八〇年に「土壌侵食と生産性に関する調査委員会」を任命して、土壌流失の経済損失を調査させた。
アイオワ州の例では、土壌保全の行き届いた畑に比較してわずか二〇%の収穫しかなかった。
テキサス東部で、表土を取り除いた畑に棉花を植え付けたところ、通常の三二%しかとれなかった。
七九年のジョージア州の傾斜地で行われた実験では、侵食の程度が「激しい」「普通」「全く無い」の三種の畑にトウモロコシを植え付けたところ、それぞれ侵食の「全く無い」の畑に比べて、「激しい」畑では三九%、「普通」では八二%の収穫しかなかった。
世界の耕地の半分は許容量以上に土壌の流失が続いているというのに、少しずつ進行していくので気がつかない。
静かな危機である。
このまま表土を失い続けると土地の生産性がさらに失われ、養分を補うために農薬の投入量が増大し、土壌水分の喪失から濯漑が必要になり、農産物のコストに跳ね返ってくる。
最終的には、生産性の低下やコストの増大によって、農地の放棄という事態になる。
世界の穀物作付け面積は、八一年に七億二〇〇〇万ヘクタールと過去最大を記録したあと、八六年までに五〇〇万ヘクタールも減った。
生産過剰による減反中農地の都市化に加え、生産性の悪化で放棄されたためだ。
さらに、流れ出した土壌は川床や河口を上昇させて洪水の原因になる。
悪いことには、表土には農薬や化学肥料を多く含んでいるので、水質汚濁中富栄養化の大きな原因になる。
ダムに堆積して発電や潅漑をも阻害する。
見落とされがちだが、土壌流失はこうした二次的な災害や公害にも深く関わっている。
土地の荒廃の究極的な姿が砂漠化である。
砂漠化といっても新しい現象ではない。
中国の遺跡の発掘から、砂漠の拡大は三〇〇〇年前から始まり、農地や村落を呑み込んでいた事実が知られている。
アフリカでも、「緑のサハラ」といわれて、サハラ砂漠が緑に覆われていた時代から、四五〇〇年前を境に乾燥化か始まり、砂漠がジリジリ拡大してきたことが地質学的に確認されている。
だが、その自然の砂漠化は、数百年から1000年単位での地表の変化である。
現在、地球規模で問題になっている人為的な砂漠化は、一〇年単位で目に見える土地の荒廃である。
雨がほとんど降らない砂漠には人は住めないが、隣接する半乾燥地には生産性の高い地域もあり、遊牧民の農民が巧みに生活している。
だが、こうした地域が、現在、過剰な開発にさらされている。
森林が焼かれたり乱伐されてサバンナに変わり、サバンナが過剰な農耕や放牧でさらに乾燥性の強いステップになり、ステップのわずかな植生が人間の薪集めや家畜によって姿を消して、砂漠化へと追いやられていくのだ。
こうした肥沃な土地が砂漠化していく過程がわかってきたのは、ごく最近のことである。
これは人工衛星や遠隔探査の技術に負うところが大きい。
アフリカの砂漠化は、すでにフランスなどの一部の研究者によって、一九四〇年代から警告されてきたが、世界がその恐怖に気付いたのは、一九七〇年前後の「サヘル干ばつ」であった。
サハラ砂漠の南に連なる、チャド、ニジェール、マリ、オートボルタ(現ブルキナファソ)、セネガル、ガンビアといった、それまで名前もほとんど知られなかった国々で、多くの人々が飢えにさらされた。
干ばつによって、これらの国々では砂漠が広がり、被害をさらに深刻なものにしていった。
国連環境計画(UNEP)の調査によると、サハラ砂漠の南側では毎年一五〇万ヘクタールずつ砂漠が広がっている。
一時間ごとに一七〇ヘクタールの新しい砂漠ができていく計算である。
過去五〇年間に、日本の面積の丁七倍に相当する六五〇〇万ヘクタールの農地・放牧地が砂漠に呑み込まれたと推定される。
スーダンでは、一九五八~七五年の間に、九〇~一〇〇キロもサハラ砂漠が南に広がってきた。
一日に一六メートルずつ前進していることになる。
砂漠化の被害は、アフリカだけのものではない。
砂漠化か行き着くところまで進んでしまった中東地域を除いても、パキスタン東部からインド北西部にかけてのタール砂漠周辺、南米チリ北部のアタカマ砂漠一帯、さらにアルゼンチンのラリオハ、サンルイス、ラパンパ諸州などでも、深刻な砂漠化か起きている。

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